41年間余り、製造業の会社に勤め、そのほとんどを研究開発や製造技術などを担当してきた。この退職シニアがどんな農業を目指すか。
入社してすぐ、ある製品開発プロジェクトに投げ込まれた。最初は見習いで装置の運転や仕組みを学習するがやがて一つの製造装置をあてがわれた。製造装置は先輩エンジニアが組み立てたモックアップで装置自体の改良や製造条件を最適化して、顧客を含めて世界の同業者でトップデータを競争していた。基礎研究でいつ頃実用化できるかは全く見えていなかった。その頃、これでは農業と変わらないではないかと感じた。つまり、結果につながるパラメータが判らず、同じ様に作っても結果は異なるし、ここを変えたいと思っても一向にその点は変わらないという風で毎回思うようにできないのである。しかし、プロセスを観察して単純化したり、科学的な推考と試行錯誤により有効なパラメータを見出すことでやがて、かなり早く、品質や再現性を向上させることができ、次々と課題をクリアし、数年後には商用化に至った。
農業は植物を対象としているので、生命というとても複雑でよくわかっていないシステムを利用している。品種によって、性質は大きく変わる。ある地方の良い方法が他の地方では全くダメということがある。その長い成育期間を通じてプロセスのパラメータが多くて、大抵その値が変化し、多くは不明で、毎年の再現性も余りない。だから、結果の説明も立証も難しい。農業はオープンシステムなので工業に比べるとどうしても大雑把になる。
プロの農家と初心者シニアでは何が違うのであろうか。変化する自然を相手に敏感に感じ取り、経験に基づいて植物に最適な環境を与えるのがプロであろう。もちろん、最近は施設農業ということで環境を人工的に制御して再現性を高めている栽培品種もあるがまだまだ一部である。また、プロの農家は大規模栽培により、規模のメリットを追求している。専用の機械を持ち、数倍の速度で農作業を終わらせることで土作りから、圃場の整地、耕耘、種まき、あるいは定植、収穫、調整、出荷などが機械化されている。だから、機械の投資も大きく、リスクも大きいが規模が大きいほど投資の回収も早くなる。
シニア農業初心者はどんな農業を目指すのか。せいぜい、残り10年程度なので大きな投資は回収できそうにない。高齢化により運動能力は低下していくので手作業は徐々に負担が大きくなるので機械化で補うことが必要となる。このための小規模の機械化投資はできるだけ行う。エンジニアの経験を生かして農業の工業的アプローチを考える。たとえば、温度や水分や酸性度の遠隔モニター、ドローンによるストチュウ散布などである。規模の拡大を追わないで、多品種・個別対応の有機農業には魅力がある。通常、年間100種類の野菜・穀類を栽培できるが、200種類位できると顧客のニーズに個別対応できる可能性がある。現在、遠方の家族に2ケ月に一度くらい野菜の詰め合わせを送っているが、もし、これが通常入手できないような野菜であれば、喜ばれるであろう。ネットの時代だから、固定客を見つけ、有機で珍しい季節の野菜の詰め合わせを送ることができれば楽しいであろう。
最近、無肥料栽培という栽培方法があることを知り、農業の奥深さに驚いている。養鶏でおいしい卵を得るには何を食べさせるかが重要であり、牛や豚も同様である。飼料が動物の身体を作っているので当たり前なのであるが、植物も同様であろう。水や窒素・リン酸・カリウムのような養分だけでなく、地中微生物や菌類との相互関係で植物は生きている。無肥料栽培はこうした菌類の力で必要な栄養を得るという。病虫害も大きな要素であり、それぞれ膨大な過去の取り組みがある。しかし、自然を豊かに残すためには農薬を使わない方法、すなわち、有機が前提となろう。
シニア農業初心者として二年余りになるが毎日、新鮮で元気な野菜を大量に摂取する生活になり、心も身体も健康になっている。農業はシニアにとって、最適な遊びである。(サイト補助者MM)