都市に住む人口の割合が一様に上昇している。1950年代には30%であったが現在、50%、2030年には57%(=49億人/85億人)が都市に住むようになるという。都市の魅力は何といっても娯楽・文化・就業・政治などの機会の多さである。私も大学卒業時に就職先として両親の住む郷里ではなく、自然の流れで首都圏を選択した。学生時に2年間と就職して最初の半年は都内に住んだ。しかし、都内に住んでいるからと言って文化・芸術、スポーツなど娯楽、遊興の機会が多いにもかかわらず、ほとんど利用しなかった。やがて、工場の近くでかつ東京本社にも通える距離にある、東京から50㎞余りの近郊に住居を構えた。首都圏の利点を個人的にあげるとすると秋葉原の電気街へのアクセスである。掘り出しものを探していつも楽しく散策した。今ではすっかり勢いがなくなってしまったが、本屋がたくさんあることも利点のひとつである。有名店を巡って散策するのが楽しみであった。また、資格をとろうとして休日を利用して学校に通ったこともあるが東京圏だからこそ、可能であった。1995年はインターネット元年と呼ばれているが、この頃から世界とつながることが可能となった。電子メールやWEBである。日本だけでなく、海外にアクセスしたり、発信できることの可能性に衝撃を受けた。でも郷里ではインターネットサービスを受けることはできなかった。もちろん、無線ルータでのサービスはあったが、遅いし、高いし無理があった。私は通信事業者のインフラである通信ケーブルの製造業に携わっていたので、高速インターネットサービスを可能とする光ファイバの展開に希望を抱いていたが、地域への普及スピードの遅さにじりじりとしていた。実家に光ファイバが届いたのは2009年頃である。スカイプで親とテレビ電話したときは慣れていないので戸惑ってしまったが、まだ親はPCを操作してソフトを起動することができなかった。田舎の生活で余り不便を感じなくなったのは宅配、コンビニとインターネットの賜物である。私は千葉に住んでいたが、家内と私の親の住む郷里に毎年、盆と正月には帰省していた。子どもの小さい時は飛行機も使ったが、大きくなり、ペットもいっしょに移動するとなるとやはり自動車である。移動距離800㎞を往復した。2時間毎にサービスエリアで休憩しながら、片道12時間くらいかかる。だから、2-3時間で車で行ける距離に住むことは現実的であると思う。毎週末にも問題ないだろう。
田舎の良さは何だろうか。私の住む地区(小学校区)の現在の人口は8700人余りである。郷土史によれば、天保9年(1836年)に2315人、明治初年3673人、大正6年3649人、昭和25年4075人である。私の生まれた頃に比べて約2倍に増加している。自然増というよりも高松市のベッドタウンとして新しく移住してきた人が住み始めたためであろう。今でも同じ小学校区に住む人の半分は当時同じ小学校に通っていた人であり、知らない人はいないくらいの親密さである。だから、住んでいる人の人と成りはあらかた知られており、そのつながりでどんな情報も伝わってしまう。これは良い面も悪い面もあろうが、互いに知り合いであるという安心感もある。私は30年余り、千葉に住んでいたが、親しく近所付き合いしていたのは隣近所の数件のみであり、同じ小学校区にはほとんど知らない人ばかりである。また、学校行事にも縁が薄かったので学校を通じての知り合いはほとんどいない。都会では「隣は何をする人ぞ」の世界である。個人の趣味や職業などを通じての知り合いがすべてであろう。
田舎のもうひとつの利点は自然が残っているという点であろうか。私の場合には実家が中山間地にあるので、家の周囲は田んぼやため池、水路、林である。もちろん、昔からの集落に住んでおり、隣近所は知った仲である。最近はそれでも散歩する人が多く、田んぼのあぜ道を犬といっしょに足早にウオーキングする知らない人を見かけることもあるが、毎朝、窓のカーテンを開けて日の出を見ると遠くに阿讃山脈、神社の森、田畑と人家が一望できて安らぐ。特に子どもの頃に遊んだ川に沿って竹が鬱蒼と茂る森やため池の放水路周辺は私の原風景となっている。千葉ではいわゆる新興住宅地に住んでいたので、三方の隣とはフェンスで接しており、大きな声が届く距離であり、庭にでると隣の人に間近に出くわす距離にある。これでは窓から外を見て風景を楽しむというわけにはいかない。周囲に気を配る必要がある。
退職して有り余る時間をどう過ごすか。もし、千葉に住んでいたら、ゴルフの上達に熱中していただろうと思う。そして、足りないお金をアルバイトで補填しているだろう。都会ではありとあらゆる職の機会があるので見つけるのは田舎よりも容易であろう。そして付き合いはどうしても勤務していた会社関係のひとが中心となるだろう。今は高松の田舎に住んでおり、7反(2100坪)の田畑付きの住宅であり、好きな野菜・穀類作りに思う存分に時間を費やしている。そして、DX(デジタル・トランスフォーメーション)により、LINEやZOOMで全国に散らばって住む会社OB達と定期的にそれぞれの自宅で呑み会を開いている。今は新型コロナの感染リスクがあり、旅行ができないが首都圏に娘たちが住んでおり、本来であれば東京へも必要に応じて旅行しているはずである。今後、さらにDXが進めば、田舎に居て仕事もできる環境が整い、二拠点生活が当たり前になると考えられる。
先の都市化の進展で国別にみると日本や米国、フランス、イギリスは2030年には8割以上が都市に住む予想であるがイタリア、ドイツの都市人口は6-8割とやや低い。ドイツに旅行した時に感じたことはドイツは連邦国家であり、各州の自治が強い、そして、中世の頃から領主を中心にして地方都市が芸術・文化や政治、経済も引き付けている。首都圏への魅力は日本ほど強くない。イタリアの小さな村というテレビ番組を見て良く思うことはイタリアは田舎であっても小さく固まって住んでいるということである。そこには教会や学校、店があり、小さなコミュニティをつくっている。人間はやはり、繋がるコミュニティを必要としているのだろう。地方の魅力は何だろうかと考えると結局、幸福とは何かということに行きつくのではないか。(サイト補助者MM)